先日、夫婦で対談をさせて貰う機会があり、結婚当初のことを改めて振り返る機会がありました。
当時の僕はそれはもうひどいもの。実際に振り返ってみてかなり凹みました。。。本当に最低な人間だなと。。。
そんな中で自分に対して色々思うことがあったのでまとめてみました。僕と同じような男性も意外と多いんじゃないかなーなんて思ったりしています。
今回の記事は、対談では話しきれなかった補足的な意味合いも含んでいますので、対談の記事を読むとより「なるほどね~」と思って頂けると思います。
対談では赤裸々に僕と妻の結婚当初~現在までの歩み寄りの過程を話しています。
僕はこうやって生きてきました
始めに僕がどんな人間なのかを話していきたいと思います。簡単な身の上話ですね。イラつき注意です。
- 授業を聞いていればテストで点が取れる
- 高校、大学は志望校へ余裕の合格
- 部活では副部長、サークルでは副会長
- 好きな子とはだいたい付き合える
- 希望の職種に就職できた
- 思ったことは全て口に出す
- 挫折なんてもちろんしたことない
- 怒られたこともほとんどない
たぶんこれイケメンじゃなかったらマジでやな感じの奴ですよ(笑)僕ですか?もちろんイケメンです!!(ごめんなさい)
冗談は置いといて・・・こんな僕でも友達もいるし、後輩にも慕われてるし何の違和感もなく過ごしていました。特に20代の頃ですかね。
でも、アラサーになってから友人と飲みに行ったときに昔話をすると
とよく言われます・・・
妻とは高校の同級生なのですが、
と言われました。高校卒業後の10年で、かなり人としても変わっていたようです。
そんな僕が「どう有り得なかったのか」を振り返ります。なんでも思い通りにいってそうな僕ですが、実はこれにはタネがあります。タネ明かしは文末にて。
家だと話さないのが普通
妻曰く、一緒に住み始めてから態度が急変したそうです。その辺りも含めて対談を読んで頂いた方からこんな質問をいただきました。
家族モードってのは簡単に言えば「家と外で態度が違う」的なこと。
対談の中でも話していますが、僕は家では基本無言で、必要なこと以外は話そうともしない人間でした。結構そういう男性は多いようですね。
このモードは僕の場合「自分の家でのみ」発動するもので、妻と同居が始まったときに自分の家になったからこの現象が起きました。
僕の中では「家=自由にしていいもの」だったんですよね。
一人暮らしが長すぎてこじらせたのか?実家で家族と話すという習慣がなかったから?
この辺の理由は定かではありませんが、とにかく家だと話さない。これは妻だから、彼女だからと関係なく、友人でもそうだったなーと記憶しています。
多分「家=自分の時間=話したくない・好きなことしたい」だったんだろうなー
※追記(2017/09/05)
うちの両親はいわゆる放任主義ってやつでした。
父は土日も仕事で、帰りも遅い。母は専業主婦でしたが、家のことやマナー(例えば「いただきます」を言うとか脱いだ靴は揃える)について言われた記憶がありません。もちろん進路などへの口出しも一切ありませんでした。
これをふまえてTwitterで、「あっさりしていたご両親だったんですね」と言われて「それだ!!」ってなりました。
確かにあっさりしていたからこそ子供の僕もラクだったけど、だからこそ「自分が常識」ってなってしまったのかもと思いました。
もちろん親のせいにするつもりはありません。
でも僕は自分の息子には当たり前のことは当たり前にできて、妻も一緒にくだらないことが話せるような、そんな家族が理想だなと思っています。
だから、親としての主張が強くなりすぎない程度に息子に絡んでいくのは大切なのかなと・・・
何を言われても傷つかない
夫婦対談では軽く流してしまいましたが、僕には「凹む」「傷つく」という感情がほぼありませんでした。
これについては「宇宙人」と妻からは言われています(笑)
割と最近までは凹むってなに?って感じでした。
今でこそ傷つくという感情はわかりますが、当時は「凹む」「傷つく」という感情が本当になかったです。
何か凹みそうなことを言われても大体が「キレる」か「ツッコむ」か「何も思わないか」。半分は関西のノリで「いじり」だと思っていた部分はあるかもしれません。
僕はMハゲ予備軍なのでこういうときはベジータ返しをしたり(笑)
実際ハゲは本当に気にしています。めちゃめちゃ高いシャンプーも使っています。でもだからといって「ハゲ」と言われたから凹むこともなく、「いじり」とこちらでは解釈しちゃうんですよね。
女性だとたまに旦那さんに料理がまずいとか言われることもあるそうですね(それ自体ひどいことなのですが・・・)。もし僕がそれを言われた場合はこうです。
こんなこと言われたらすぐブチ切れですよ。たぶん一生ご飯は作らない。
僕は「いじられているうちが華」が持論。
それが自分が気にしている身体的特徴だろうがなんだろうが「おいしい」って思っちゃう。ひどい言葉に対しては傷つく前にキレちゃう。
これが昔の僕でした。
他人から注意されることがなかった
「そこはもっとこうした方がいいよー」「それやめた方がいいよ」
って言われたことがなかったんです。そりゃそうですよね。友達で「こいつ一緒にいたくねーな」って思ったら普通伝える前にその人から去りますもん。
今でこそ上で話した「あの時のリチャは正直ありえなかった」と言ってくれる友人もこのときは言わなかったのか、僕まで響いていなかったのか・・・
たぶん20歳くらいのときに注意されて友達がいなくなれば自分がおかしいって気付いていたのかもしれませんが、なまじ友達いちゃったんです(笑)
正直友達は多い方だと思います。先輩にはかわいがってもらい、後輩には慕われて(いるつもり)。
だからなーんにも気づかなかったんですよね。自分の常識で生きたまま妻と付き合って結婚しました。
おお・・・女の勘ってすげぇ・・・
妻から初めて注意された
「あなたのこういうところがあり得ない!」
僕に具体的に注意をしてきたのは妻が初めてです。
マジなトーンで怒られるということはアラサーで初めての経験で、簡単には受け入れられませんでした。。。
友人から「もっとちゃんとしなよ~」なんて言われたこともよくありましたが、そのくらいじゃ全然響かない。
って思ってました。というか妻にこうやって言ったような気がします。
具体性にかける注意は何も心には響かないです。友人としても僕にそこまでの情熱をかける必要もないですからね。だったらもういいやーで終わりですよ。
でも、妻は根気よく僕に注意をしてくれてそれでやっと「僕がおかしいんだ」と理解することができたのです。
「なぜそんなに短気なのか。なぜ周りに敵意を向けるのか」
「話さないと何をして欲しいのかわからない」
「【自分の常識】は【一般常識】ではない」
ここまで具体的なことを言われたのは初めてでした。図星すぎてぐうの音もでませんでした。思えばこれが初めて凹んだことだったかもしれません。
当時の僕にアドバイスを贈るなら
ここまで昔の僕について書いてきました。これに加えてお調子者で目立ちたがりで仕切りたがりで・・・ほんまにうぜーーーやつですよ(笑)
もし今の僕が当時の僕へアドバイスを贈るならこういうでしょう。
「周りの意見に耳を傾けろ。社会を知れ。自分の中だけで生きるな!」
当時、自分のことを客観的に見ることなんてもちろんできていません。
僕はずーーーっと周りに影響されずに自分が正しい、自分が全てと思い生きてきましたが、それは必ずしも正しいことばかりではありません。
当時の僕は他人の意見を受け入れることはありません。社会人になるまで、バイト経験もほとんどありません。
それでなまじ上手くいってしまっていた。自分の思い通りにいってしまっていたのです。
ここで冒頭のタネ明かし。
「思い通りにいっていた」の言い方を変えると「思い通りにならないことはやめてきた」ということなんです。
実は、
大学の志望校はランクを落としてます。
バイトも店長が苦手ですぐ辞めています。
就活も落ちまくりです。
目標を落としてたらそりゃ挫折もしないですよね。
自分が傷つかないようにしていただけなんです。
だから当時の自分を捕まえて、「諦めるんじゃなく、努力して、現実を知って、その後に自分を知れ。」と言いたいですね。
僕みたいに、自分の中だけで生きている人ほどプライドが高いです。何か注意されるとイラッとしてガーーっと言い返して。結局自分の悪いところと向き合おうとしないんですよ。
どこかで挫折を知ったり、友達を失くしていたり、何かがあったら変わっていたのかもしれません。
妻には今の僕はかなり変わった。と言われます。でもアラサーにもなって自分の性格や行動を変えるなんてかなり苦痛でマジでしんどかったです。僕よりも妻の方がしんどかったでしょうが。。。
今となってはかなり性格も変わったと自覚していますが、やっぱり人格形成は若い内にしておくべきだと実感させられます。
本当に自分の性格・人格を変えることは自分自身のせいとはいえ苦労しました。妻にも迷惑をかけました。
自分の息子にはそういうこともウザくない程度に教えていけたらなーと思う次第です。
平和に家で過ごせるようになった今では、妻の勘と根気に頭があがりません。
以上、「『自分が全て正しい』と思っていた当時の僕へ~自分を客観的に見ろ~」でした。
自分を改めて見直すきっかけになった夫婦対談もぜひよろしくお願いします。